子育てお悩み相談

「常識」減らしのススメ

おはようございます☆

ママのためのおうちサロン〜Smile March〜です。

さて、今日は週末のこんなひとコマから。

休日の朝、気付いたら三女ちゃんが1階にいない。

ふと階段を見ると、先に2階に上がったお姉ちゃんたちを追いかけて、階段を昇る三女ちゃんが。

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わたしが声をかけると振り返りはしますが、わたしを呼ぶでもなく、そのまま危なげなく昇っていって、お姉ちゃんたちの輪に入っていきました。

迷ったけど、今回、わたしは長女と次女に「三女ちゃんよろしくね〜」と言って、そのまま1階で家事を続けました。

その後、長女が三女を連れて降りて来たのは30分後。

30分の間、同じ家の中とはいえ、子ども2人と赤子が、大人なしで、目の届かない場所で3人だけで遊んでいたわけです。

次女は、わたしから離れて長女と2人で2階で遊ぶようになったのは2歳過ぎ。

あの時は、わたしのいる一階がとっても静かで、子どもと家にいるのに1人になることができて、ゆっくりお茶を飲めたことにびっくりしたものですが。

あの感じが、生後9カ月で味わえるとは思わなかったなぁ。

そうか、このために三女ちゃん、一生懸命動けるようになってたのかな。

ほんの30分でもひとりになる時間ができると、それだけでなんだかホッとできます^^;

ただね、もしここでわたしが「赤ちゃんから目を離すなんて有り得ない」という「常識」を持っていたとしたら、

まだ一階で片付けたいことがたくさんあるのに、わたしも中断して二階に行かなきゃいけなくなった

→ママのいる所で大人しくしていてくれない三女ちゃんは「困ったちゃん」

になるわけです。

「小学一年生と幼稚園児には、赤ちゃんの様子は見られない」という「常識」を持っていたら、

我が家で長女と次女は、三女ちゃんの子育てにおいて戦力にはならない

→わたしが一人であれもこれも頑張らなくてはいけない

→イライラしてしまう

わけです。

勇気づけ講座の第1章では、同じ出来事を見ても、人によって見え方・考え方は違うということを学びます。

つまり、物事の見方や考え方は人の数だけあって、「常識」「普通」という基準は、実はどこにも存在しないということ。

自分の親やママ友、テレビなどが「それが当然でしょう?」という感じで話していることがあるけど、それで苦しくなる「常識」なら、そんなのいらないと思います。

以前、訪問看護に通っていたお宅の介護者の方が、「介護で虐待するなんて信じられないとかニュースでやってたけど、そんなこと言われるとどうしたらいいかわからなくなる。だったらやってみろよと思う」と仰ったことがありました。

わたしも、ワイドショーなどで「子どもを虐待するなんてあり得ない」と話すのを聞くと、モヤモヤします。だって、わたしにはあり得なくなかったから。

食事だけで考えても、

「子どもには栄養バランスのいい食事を食べさせよう」

「食事は座ってしよう」

「赤ちゃんには柔らかいお粥や離乳食を」

なんて言われても、そんなの、子どもを怒るきっかけにしかならないもの。

三女ちゃんは、今すでに、お姉ちゃんたちと同じものを食べてます。

最初はお粥を作ってみたんですけどね、お粥は食べず、お姉ちゃんと同じものを食べさせろと言うわけです。

でも、三女ちゃんの視点に立ってみれば、彼女の常識は「赤ちゃんは他の人とは別の、お粥や柔らかいものを食べるもの」ではなく、「お姉ちゃんが食べる美味しそうなものをわたしも食べる」なわけです。

で、世間一般の言うことは気にせず、三女ちゃんの「食べたい」に合わせたら、離乳食に関するイライラはなくなってしまいました。

「食事は座って食べる」も、実はうちの子どもたち3人とも、食事の間最後まで座っていないことが多々あります(-_-)

三女ちゃんも、ベビー用の椅子を頂いたんですが、座らせても椅子の上で立ち上がって乗り越えようとして、とっても危ない。

それでも、歩き食べが気になって、座って食べられないかと、三女ちゃん用にチビおにぎりを作ってベビーチェアのテーブルに載せて、気を引いてみたりしたんですけどね。

それでも立ち上がって、おにぎりを握りしめて振り回してぐちゃぐちゃに汚し回ったりして、かえって疲れるわけです。

そこで、常識を「座って完食する」から、「ひと口でも楽しく食べていればいいじゃない」に下げてみました。

すると、三女ちゃんが歩き回って食べていても、食べたくなったらニコニコしながらヨチヨチやってきて、パクっと食べる様子がとっても可愛く見える。

食事も、三女ちゃん用に用意するのではなく、わたしの食事から食べられそうなものを取ってやって、食べに来なくなったら残りはわたしが食べればいい。

どれだけ食べたかよくわからないけど、たぶん三女ちゃんは「おかあさんが美味しいものをたべさせてくれた♪わたしは愛されてる」と満足したと思う。

わたしも、どうやら三女ちゃんは満足したらしい、とホッコリする。

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そういうことが何度かあって、やっぱり、他の人が言うことを気にして「しつけ」やら頑張ったって、良いようには思えませんでした。

わたしには、「お行儀よく座って、残さず食べる」ことより、子どもたちが楽しそうに、「美味しそうに食べている」のを見ている方が幸せでした。

日本人には、民族的にも学校教育的にも、「みんな同じであるべき」という”同調圧力”が身に染み付いてしまいがちなんだそうです。

だから、何をするにも、周りのことがつい気になってしまう。

でも、状況や環境だって人それぞれ違うし、何を大事にするかだって人それぞれ違う。

だから、どんなやり方がいいかなんて、人それぞれ違っていい。他の人が言うことなんて、気にしなくていい。

ただ、自分や家族や自分の大事にする周りの人たちが笑顔になる、自分オリジナルのやり方を取っていけばいいんじゃないかなと思いました。

そして、他の人にわかってもらおうとする必要もない。

ただ、こんな考え方もあって、そんな考え方もあるのねと、いろんな考え方があることを認めて、楽しめばいいんじゃないかと思います。

わたし、もともとが他の人の目がとっても気になってしまう人だったので、勇気づけを勉強していても、時々周りの「常識」に引きずられて、モヤモヤ・イライラしてしまうときがあります。

というわけで、長文になってしまいました。すみません^^;

ここまでお付き合い頂き、ありがとうございましたm(_ _)m

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みなさま、ステキな週末をお過ごしくださいね♪