三児ママの勇気づけブログ

人見知りのわたしが人との付き合いでお守りにしている言葉

おはようございます☆

ママのイライラ・モヤモヤ解消!

横浜市金沢区のおうちサロン~SmileMarch~です。

今朝は寒いですね!とうとう冬将軍がいらっしゃった(;^_^

昨日発熱中の長女を小児科に連れて行こうと思ったら、予約いっぱいで受診できませんでした。今日もすごい人数。みなさんは体調大丈夫ですか?

さて、今日は訳あって「人見知り」のお話。

わたくし、人見知りです。

そう言うと、友人からは驚かれることが多いんですが、本当はものすごい人見知りです。幼稚園のお迎えのときも、本当に親しいママ友だちがいなければ、園庭の隅っこで独りで黙って静かにしていたいと思うくらいの人見知りです。

ただ、転校が多くて常に「よそ者」だった長年のクセで、場の和とか、相手が気を楽にしてもらえるような配慮から、「頑張って」話しかけてたりするんです~(;^_^

でも、今年の夏頃、そんなわたしの背中を押してくれる言葉に出会いました。

わたしのブログにちょくちょく出てくる、かとちゃんの言葉。

これらの記事の中の、

  • 会ったことがある人・知り合い程度の人→「友だち」に格上げ
  • 友だち→「親友」に格上げ

という部分。

わたし、これを読んだ時、ものすごい衝撃を受けました。そんな方法があるのか!って。

で、これを意識してみるとね、これをすでに実施しているように見える人たちがいることに気づいたんですね。

で、そういう人たちがわたしからどう見えるかというと、とってもステキに見えるんですよ。「わたしたち、まだそんなに親しくないですよね?」と一歩引いてたわたしを「友だち」扱いしてくれるのは、引くどころかとっても嬉しい。

それからはそれを見習って、何度か会った人や、はじめからフレンドリーに接してくれる方や、「わたしたち友だち?どっち?」って感じの人に対して、「友だち」のつもりで接するようにしてみています。まだまだ緊張しちゃって、やっぱり園庭の隅で静かにしてることも少なくないですけどね(;^_^

そして、もうひとつ、人との付き合いでお守りにしている言葉があります。

やっぱりかとちゃんのブログ。

「加害者」「被害者」なんかにならないもんっo(´∀`)o | ココロと友達

の中に、こんな言葉があります。

誠実に生きているアナタが
彼女に贈ったコトバが悪いはずがない。

あんなステキな友達が
ワタシを悪く思うはずがない。

わたし、何気なく言った言葉で、友だちをなくしたことが何度かあります。後から思い返すと、あれだったのかな、というのはあるけれど、その子に悲しい思いや嫌な思いをさせるつもりで言った言葉ではありません。

そういうことが何度かあると、自分の言葉に「怖さ」を感じます。ブログは好きで書いてはいるものけど、書きあげるまでに時間をたくさん使うし、書き終わった後も投稿する前に読み返しては何度も書き直しています。メールもそう。

ブログやSNSは書き直せるけど、メールやLINEは一度送ると修正や消去ができないし、特にLINEは短文で気軽に送れてしまうので、時々真っ青になります。LINEが微妙なところで既読のまま返信が来なかったりすると、まさにかとちゃんのブログの通り、不安でいっぱいになってしまいます。

でも、

 わたしが彼女を想って贈ったコトバが悪いはずがない。

あんなステキなあの人が、わたしを悪く思うはずがない。

そう自分に言い聞かせて、もうひとつはアドラー心理学の「課題の分離」。

 わたしの言葉をどう受け取るかは、あちらの問題。

わたしが贈った言葉で傷ついたとしても、それはあちらの課題で、わたしの課題ではない。

これで、沈んだ気持ちを引き上げられた場面が何度もあります。

今日の内容を書こうと思ったのも、最近、何度か同じようにドキドキしてしてしまうことがあったからなんですが、

「わたしの言ったことで嫌な思いをさせてしまったかな」「また友だちなくしちゃったかな」と落ち込まないで、拗ねないで、時が流れるに任せる。

すると、かとちゃんのブログの通り、しばらくして何事もなく普通に「メッセージ嬉しかった(参考になった)。ありがとう!」なんてお返事が来たりするんです。

このブログを読んだ後、「何年か前にわたしの何気ない言葉に傷ついた」と距離を取られていた人と、関係を修復できるなんてこともありました。

同じ理由で、それまでSNSへの投稿もほとんどしてなかったんです。

でも、サロンを始めるにあたってブログを書き始めることにしました。集客目的もあったけど、どちらかと言うと、長女の子育てでノイローゼ気味になっていた、あの時のわたしのような人に、少しでもホッとできるような言葉を届けたい。そう思ったから。

あのときは、「誰かを想って書いた内容が悪いものであるはずがない」「どう取るかは相手の問題。嫌な想いをした人はもう読まないだけ。楽しんで読んでくれる人がいるならその人に対して書けばいい」。そう繰り返し自分に言い聞かせて自己暗示^^;

これらの言葉。

すでに素でできていて、必要のない人もいるんだろうなぁ。ちょっとうらやましい(;^_^

でも、素でできる人だけじゃなく、そうじゃないわたしもいるから、かとちゃんのように誰かを救うメッセージが書けるかもしれない。

いろんな人がいることで、優しい社会は成り立っているんですよね。

今日のブログも、わたしと同じように感じている人に、少しでも届くといいなぁ。